ギャラリー

入江泰吉

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春めく二月堂裏参道
1979年4月撮影 <撮影地:東大寺二月堂裏参道>
これは、第1回目のリクエスト展で1位に選 ばれた作品。入江泰吉は「この参道の、ものさびた光景こそ、いかにも古都奈良らしい情感が漂うたたずまい」と語り、何度も撮影していた。木の間からかいま見えるのが二月堂で、お水取りが行われることで知られている。この辺りは、よく画家がスケッチをしている場所でもある。
親子鹿
1975年5月撮影 <撮影地:興福寺中金堂前>
奈良観光の人気者である鹿。鹿の子模様が美し初夏に撮影されている。春日大社の神が白鹿に乗ってきたとの伝承があり、神鹿として保護されている。春日大社や、隣接する東大寺、春日大社にゆかり深い興福寺にはたくさんの鹿がいるが、このように牡鹿・牝鹿・子鹿が家族のように並んでいる場面はなかなか見られない。
宵月薬師寺伽藍
1982年頃撮影 <撮影地:奈良市西の京 大池周辺>
「落陽寸前の淡い日差しに映し出された西塔の九輪の金色が、ひときわ鮮やかに輝いていた」と入江は語っている。現在、大池と呼ばれる手前の池は、万葉集に出てくる「勝間田池」であろうと推測されている。この池越しに薬師寺の伽藍をとらえる構図は入江が最初に手がけており、今では奈良を代表する風景の一つになっている。
暮色五重の塔
1976年撮影 <撮影地:興福寺付近>
ほとんど毎日奈良・大和路を駆け回っていた入江は、撮影の帰りに、偶然またとない美しい夕景に出合うことがあった。刻一刻と姿を変える夕景の撮影はタイミングをとらえるのが難しく、「これでよし」とシャッターを切ってもすぐよい表情が表れ、フィルムを使い果たして悔しい思いをすることも多かったと入江は語っていた。
水に映る東塔
1965年撮影 <撮影地:薬師寺西塔跡>
これは西塔が再建される前の塔心礎のくぼみに水がたまり、東塔の姿が映っているところを撮影したもの。この構図も、入江が最初にとらえた。失われた西塔へ思いをはせながら撮影したのかも知れない。1981年、この礎石の上に西塔が再建され、東塔をこうして見ることはできなくなった。
斑鳩の里落陽(法隆寺塔)
1977〜81年撮影 <撮影地:斑鳩>
これは、第2回目のリクエスト展で1位になった作品である。法起寺から法隆寺に向かう途中で出合った夕景を撮影した。夕焼け空を彩る赤・黄・青の色が秋の鰯雲によって、点描画のような美しいグラデーションを形成しているところが魅力的である。主役は空だが、シルエットの法隆寺を小さく配し、大和らしさを演出している。
しゃくなげの室生寺塔
1988年5月撮影 撮影地:室生寺五重塔前
この寺を訪れた人は、ここに来て感嘆の声を放つという。入江もまた、「大和の数多い塔のある風景でも、これほど情趣に満ちているところは見かけない」と語っている。ピンクの可憐なしゃくなげの花を手前に配し、この塔のやさしく気品に満ちた美しさを際だたせている作品である。
秋たけなわ談山神社境内
1974年11月撮影 <撮影地:談山神社>
淡山神社は大和路の紅葉の名所で、「西の日光」と称される。「黄葉そして紅葉の織りなすその装いが、秋陽に透き通るように鮮やかに映えていた。楓の紅葉は、もっとも秀でた秋の色であろう」と入江は語っている。美しく混ざり合う楓の黄色と赤を背景に、くねくねと絡むように伸びた枝のシルエットが印象的である。
これはこれはとばかり花の吉野山
1976年4月撮影 <撮影地:吉野山 上の千本>
「吉野山の桜のイメージは、ここから望むときがいちばん」と語り、「史書よりも軍書に哀し」といわれた吉野の歴史をひととき忘れさせる爛漫の春、そして控えめで愛らしい山桜を入江はこよなく愛した。 桜の木にゆかり深い蔵王堂を中心に、一年でもっとも華やかな季節を迎えた吉野山を雄大にとらえている作品である。
蒼古の色濃き玄賓庵への道
1970〜4年撮影 <撮影地:山の辺の道>
ここは桧原神社から玄賓庵に至る道である。日本でいちばん古い道として知られる山の辺の道。入江は、「ふと太古の人々が現れるのでは、といった幻想を覚えた」と語っている。薄暗く、ぼんやりと靄がかかった湿っぽさが、そんな想像をかき立てる作品である。